中小企業における人材育成のメカニズム

350社・2,800名を対象とした大規模な調査 (一社につき経営者・人事担当者・管理職とその部下という4階層)の結果、様々な知見が得られました。その中でも、まずお伝えしたいのは次の2点です。

まず、これまでの「勘と経験と度胸(KKD)」によって中小企業の人 材育成のメカニズムを語ることができるかどうか、今回は特によく聞かれる2つの通説について検証しました。
また、中小企業の人材育成では、人材の豊富な大企業で可能な「職場 に面をつくる(上司、同僚、同期、メンターや OJT担当者がサポート しあって人材を育てる)」といったことは当てはまらないため、これ に代わる育成の方法論を解明しました。

KKDをベースにした
「通説」はウソ!?

中小企業の人材育成においてしばしば聞かれる通説は科学的な検証ができず、個々人の勘と経験に基づく一意見に過ぎない可能性が示唆されました。

通説1
「社長のリーダーシップがすべて」
はウソ!?
通説2
「社内研修だけで人は育つ」
はウソ!?

「経験マネジメント」
が育成のカギ

中小企業の人材育成では、社員の「経験」を貴重な経営資源と捉え、「経験をどうマネジメントするか」が非常に重要となることが分かりました。

若手・中堅社員育成のカギは
「経験ストック」
管理職のマネジメント力を伸ばすポイント
「経験フロンティア」
社長の右腕となる幹部を育成する
「経験ビジョン」

通説1 「社長のリーダーシップがすべて」はウソ!?

中小企業では社長と社員との距離が近いがゆえに、社長の影響力・存在感はあらゆる面で大企業に比べて大きいと考えられます。このため、人材育成においても例外でないといった意見が聞かれることがあります。
しかし、若手・中堅社員の「能力向上」や期待通りの「成果」・「成長」と相関が見られたのは「社長のリーダーシップ」ではなく「管理職のマネジメント」でした。
調査項目の中では、社長のリーダーシップは若手・中堅社員が「自社への愛着を持つかどうか」という点においてのみ相関が見られました。若手・中堅社員のモチベーションには社長のリーダーシップは有効ですが、実際の業務遂行においては現場管理職よるマネジメントが欠かせないということが言えます。

【図表 1】 若手 ・中堅社員の育成と「社長のリーダシップ」 および「管理職のマネジメント力」との相関

社長のリーダーシップ 管理職のマネジメント力
若手・中堅
社員
能力向上 相関なし 相関あり(r=.297,p<.01)
期待通りの成果 相関なし 相関あり(r=.276,p<.01)
期待通りの成長 相関なし 相関あり(r=.245,p<.01)
自社への愛着 相関あり(r=.265, p<.01) 相関なし

「社長のリーダーシップ」および「管理職のマネジメント力」と、若手・中堅社員の「能力向上」、「期待通りの成果」、「期待通りの成長」、「自社への愛着(組織コミットメント)」の関係を見るために相関分析を行ったところ、社長に関して「社長のリーダーシップ」と「若手・中堅社員の自社への愛着」(r=.265, p<.01)、管理職に関して「管理職のマネジメント力」と若手・中堅社員の「能力向上」(r=.297, p<.01)、「期待通りの成果」(r=.276, p<.01)、「期待通りの成長」(r=.245, p<.01)の間に正の相関が認められた。(rは相関係数;r≦0.2 で極めて弱い相関であり、上記では「相関なし」と記述。p は有意確率;p<0.01 は「1%水準で有意」であることを示す。)

通説2 「社内研修だけで人は育つ」はウソ!?

「社内勉強会や研修を実施すれば成果を出せる人材を育てられる」といった通説も見られますが、「若手・中堅社員が期待通りの成果をあげている」ことと、それらの実施の有無には相関がないことが明らかになりました。
社内勉強会などは、様々な効果が期待できる取り組みで決して無益ではないと考えられますが、人材育成において必要十分な施策とは言えないことが分かります。

独立変数に「資格取得制度の有無」(A)、「社内資格制度の有無」(B)、「社内勉強会の有無」(C)をおき、従属変数に「若手・中堅社員の社長から見た期待通りの成果」をおいてそれぞれ独立した t 検定を行った結果、(A)~(C) のいずれも有意差は見られなかった(n.s.)。
(t 検定とは独立した 2群の平均値の差の検定のこと。2つの群間の平均値に統計的有意な差はなかった。)

若手・中堅社員育成のカギは「経験ストック」

若手・中堅社員の能力向上は、「社員に『背伸びの仕事経験』を意図的に積ませ、振り返りを通じて仕事のノウハウをストックさせること」の有無との高い関連性が見いだされました。当プロジェクトではこの“経験の貯金”を「経験ストック」と名付けました。
若手・中堅社員に「経験ストック」があるかどうかは、上司による仕事の「うまい任せ方」ができているかどうかの影響が大きいことが分かりました。上司から部下への仕事の「うまい任せ方」についての詳細は「任せ方2.0」(リンク)をご覧ください。

【図表 3】「経験ストック」 と「若手・中堅社員の能力向上」

「経験ストック」を平均値から上位群(高い人)、下位群(低い人)の 2群に分け独立変数とし、従属変数に「若手・中堅社員の能力向上」をおいて独立した t検定を行った結果、有意差か見られた(*** = p<.001)。

【図表 4】「部下へのうまい任せ方」 と部下の「経験ストック」

「上司のマネジメント力」を平均値から上位群(うまい任せ方が十分できている上司)、下位群(十分できていない上司)の 2 群に分け独立変数とし、従属変数に「若手・中堅社員の能力向上」をおいて独立した t 検定を行った結果、有意差が見られた(*** = p<.01)。

管理職のマネジメント力を伸ばすポイント「経験フロンティア」

管理職のマネジメント力と関連性の高い要素となったのは「日常業務ではない『未解の仕事』に若いときから取り組ませ、同時に『社長の薫陶』を実施する」ことでした。当プロジェクトではこれを「経験フロンティア」と名付けました。
「未解の仕事」とは、「顧客からのハードな要求への対処」「全社プロジェクト」「新規事業の企画」「部門を横断して協力する仕事」といった日常業務とはかけ離れた「答えややり方を自ら見つけなければならない仕事(未開の土地の開拓)」です。
取り組む人にとっては、問題解決のきっかけを提示し前に踏み出す勇気を与える会話や面談である「社長の薫陶」がセーフティーネットとなります。セーフティーネットのない「未解の仕事」は無理難題の押し付けとなり、せっかくの人材を潰してしまうような状況になりかねないため注意が必要です。

【図表 5】 管理職のマネジメント力と関連のある要素

従属変数に「管理職のマネジメント力」を、説明変数を「未解の仕事(3 年目まで)」、「未解の仕事(Manager まで)」とし、それぞれに単回帰分析を行った結果、未解の仕事(3 年目まで):p<.001 / β=.343, ***=p<.001、未解の仕事(Manager まで):p<.001 / β=.391,***= p<.001であった。
また従属変数に「管理職のマネジメント力」を、説明変数を「社長との会話」、「社長との面談」とし、それぞれに単回帰分析を行った結果、社長との会話:p<.001 / β=.117, *=p<.05、社長との面談:p<.001 / β=.108, += p<.1 であった。
上記の図表は、これらを重ね合わせて書いた略式図。<単回帰分析は 1 つの従属変数を 1つの説明変数で予測する手法。βは回帰係数;p値の水準で有意性あり(説明変数は従属変数の予測に必要)。>

社長の右腕となる幹部を育成するポイント「経験ビジョン」

「若手・中堅社員および管理職が期待通りの成果を上げるかどうか」へ関連性の高い要素が「右腕幹部の有無」であることが分かりました。
つまり、管理職や若手・中堅社員により高い成果を出してもらうためには、右腕幹部を育成する必要があるのです。

【図表 6】 「右腕幹部の有無」と「若手・中堅社員の成果」

【図表 7】 「右腕幹部の有無」と「管理職の成果」

「右腕幹部の有無」を独立変数とし、従属変数に「若手・中堅社員の成果」、「管理職の成果」をおいて独立した t 検定を行った結果、有意差がみられた(それぞれ[***=p<.001]、[*=p<.05])。若手・中堅社員や管理職の成果とは、それぞれ「直属の上司から見た若手・中堅社員の期待通りの成果」、「社長から見た管理職の期待通りの成果」のことを示す。

では、右腕幹部育成のポイントは何かというと、「仕事人としての将来の目標(ビジョン)を持たせ、逆算して今できることを実行させること」(以下、「経験ビジョン」と呼ぶ)であり、若手・中堅社員時代から始まることが調査からわかりました。
なお、中小企業の経営者からは、将来のビジョンを考えさせることで人材の流出を懸念する声も聞かれますが、調査結果が示す内容はむしろ逆で、「経験ビジョン」を持たせた方が自社への愛着が増すことが分かりました。

【図表 8】 「会社を任せられそうな若手・中堅社員の有無」と「経験ビジョン」

「会社を任せられそうな若手・中堅社員の有無」の群ごとで、「経験ビジョン」に差があるかどうか独立した t 検定を行った結果、有意差が見られた(*=p<.05)。

【図表 9】「経験ビジョン」と「自社への愛着」の関連

「自社への愛着(組織コミットメント)」を従属変数とし、「経験ビジョン(若手・中堅社員のキャリア計画)」を独立変数とした単回帰分析を行った結果、経験ビジョン:β=.452, ***=p<.001 であった。

お問い合わせ